ゆうかり文庫(出版情報)
micro:bitで学ぶプログラミング ブロック型からJavaScriptそしてPythonへ
出版日2019年09月27日発行者株式会社コロナ社 著者稲川孝司(高22期)(共著)
初めてのプログラミングを想定し,ブロックを利用したプログラム作成手順を詳しく記述するとともに, JavaScriptのプログラムを併記し,言語にも慣れることを意識して解説。MicroPythonの互換プログラムも準備。
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稲川孝司(高22期)(共著)
1974年 大阪府立大学工学部電気工学部卒業
1976年 大阪府立大学工学部電気工学研究科修士課程修了(通信工学専攻)
1980年 大阪府立泉北高等学校教諭
1991年 大阪府立西成高等学校教諭
2003年 大阪府立清水谷高等学校教諭
2008年 大阪府立東百舌鳥高等学校教諭
2013年 大阪府立大学非常勤講師
2014年 畿央大学非常勤講師
2018年 帝塚山学院大学非常勤講師
現在に至る
心理療法の第一歩 こころの臨床ファンダメンタル
出版日2017年02月20日発行者株式会社創元社 著者中島 登代子(23期)
いまふたたび 心理臨床学のLegendをまなぶ
現代社会における“こころのケア”にあたっては、新しい心理職の働きかたも視野に、さまざまな方向から模索が重ねられるものと考えられる。
とくに実証性や汎用性の方向での模索はこれからも益々増えていくだろう。
そのようななか、けっして忘れられてはならないのが、実証・汎用とは別次元の“人間まるごと”の、云うならば“たましいの癒し”に価値をおいた心理援助であり、それを一身に担うのが、他ならぬ河合隼雄先生の血脈を継ぐ臨床心理学である。
今こそ次代へ引き継がねばならない河合隼雄“臨床学”の真骨頂を、総合的にまとめあげ、全体像としてテキスト化した。
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中島 登代子(23期)
1975年 日本体育大学 体育学部 卒業 1982年 体育学修士(日本体育大学)
2015年4月 - 現在 常葉大学大学院 健康科学研究科臨床心理学専攻 教授
2005年4月 - 2007年3月 京都大学大学院教育学研究科臨床心理学教室 私学研修員
2005年4月 浜松大学健康プロデュース学部 教授
1999年10月 - 2005年3月 鹿屋体育大学 助教授
1996年4月 - 1999年9月 神戸学院大学人文学部 非常勤講師
1994年4月 - 1999年8月 大阪体育大学 非常勤講師、スポーツカウンセリングルームカウンセラー
1991年4月 - 1999年9月 関西大学 非常勤講師
1989年 - 1994年 京都大学大学院教育学研究科臨床心理学教室 研修員
1986年4月 - 1999年9月 京都外国語大学 非常勤講師、学生相談室カウンセラー
1998年 - 現在 日本臨床心理身体運動学会 理事長
八尾中野球部 三つの涙の物語
出版日2019年02月10日発行者伊勢田達也(中49回) 著者伊勢田達也(中49回)
わが八尾高の長い歴史にも様々な涙があった。私は残された古い資料を読み、先輩、後輩の人たちからも話を聞いた。その中から三つの物語を選んだ。
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伊勢田達也(中49回)
1928年12月生まれ
1945年終戦後に(旧制)八尾中野球部に入り
46年の復活大会大阪予選に2塁手として出場3位
82年「八尾高野球部史」の編纂他に「物語八尾高野球部」
「昭和21年夏大阪の球児たち」などの著書
水の上を走れ ー新しい泳法を求めてー
出版日2001年07月25日発行者日本図書センター 著者稲川孝司(高22期)
編著者:泳法の進化研究会
稲川孝司(高22期)執筆部分
2章 2.4.ESK泳法の方向性と可能性
3章 3.4.学校教育とESK泳法
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稲川孝司(高22期)
大阪府立大学水泳部出身、大阪府立西成高校教諭
泳法の進化研究会事務局(出版当時)
スポーツトレーナーになりたい
出版日2018年06月28日発行者現代書林 著者小林英健(高29期)
「スポーツトレーナーになりたい」と考えている人は、たくさんいます。
とくに部活でスポーツに打ち込んできた学生のみなさんのなかには、その後もなんらかのかたちでそのスポーツに関わりたいと思い、トレーナーへの道を考える人も多いようです。
しかし、実際には思うように理想の道を歩めないケースが少なくありません。
それはなぜでしょうか。 私自身は、スポーツトレーナーになりたいと考えた人は、100パーセントなれると考えています。ただし、それには2二つの条件があります。その2二つの条件をクリアできないまま、理想だけで現場に飛び込もうとするから、うまくいかないのです。
では、選手やチームから信頼され、活躍できるスポーツトレーナーになるための2二つの条件とは何かでしょうか。
第一に、「スポーツトレーナーという仕事がいまどのような状況にあるのか、ということをよく理解する」しておく、ということです。
一口に「スポーツトレーナー」といっても、いろいろなタイプの仕事があります。また、スポーツトレーナーのニーズは高くても、それを職業として専門にやっていける場はかなり限られています。
そうした現実の状況現状をしっかり把握したうえで、では自分はどのようになかたちで「スポーツトレーナーになる」という夢に向かっていけばよいのか、また実際にスポーツ選手と関わっていけばよいのか――。、そのイメージを早い段階で認識しておく若いころからはっきりさせておくことが必要です。積極的に動かずとも自然にスポーツトレーナーになれる道筋はありません。ないので、自分からが具体的に戦略的に道を切り拓いて歩んでいくことが欠かせないのです。 もう一つは、スポーツトレーナーとして自分が満足のいくするような活躍ができるようになるためには、どのような経験や技術を獲得すればよいのかを、正しく理解するしておく、ということです。それは、最終的にスポーツ選手が何を求めているのかを理解することでもあります。
この2二点つのことをふ踏まえ、自分の知識、技術、行動行うべきことを積み上げていけば、誰でもスポーツトレーナーになるという夢をかなえられるとなれると私は考えています。
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小林英健(高29期)
小林整骨院グループ総院長。学校法人近畿医療学園理事長。1958年生まれ。銀行マン生活に1年で見切りをつけ、柔道整復師・錫灸師の道へ。さまざまな療法の長所を取り入れた「小林式背骨矯正法」を確立。さらに、食生活や精神生活をトータルに考えるホリスティック療法に基づいた治療を実践し、その知識と技術の普及のため講演活動などにも積極的に取り組む。2008年4月には学校法人近畿医療学園近畿医療専門学校を開校、理事長に就任し現在に至る